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こんにちは!宗自然農園(@sonaturalfarm)です。

あなたは自分の進む道を自分で創っていますか?
それとも、誰かに決められた道を「仕方がない・・・」と割り切って頑張っていますか?

好きでもないことをひたすらに頑張ることは凄い!と、筆者は思いますし、ある意味尊敬もします。
しかし、こんな言葉をあなたはご存知でしょうか?

三流は道に流され、二流は道を選び、一流は道を創る。

日本、中国、イギリスで活躍されたアーティスティックスイミングの指導者である井村雅代さんによる言葉です。何かにひたむきに努力している人に一流も二流も関係あるか!と思いながらも、内心ちょっとだけドキっとしますよね。筆者はちょっとだけドキっとしました。

自分が現在取り組んでいる「道」はどの「道」なんだろうか。
井村さんの言葉を自分自身の過去に当てはめて、ちょっと振り返ってみることにしました。

現在、自身が歩まれている道に疑問を持たれている方や、
あなたらしい人生を歩まれている方へ、何かのお役に立てますようにと心を込めて執筆いたしました。

三流の道を歩んだ筆者の実体験

筆者の場合、福岡・天神の洋服屋で働いていたり、営業の仕事をやってみたり。
接客・営業職は当時の筆者の性格にマッチしていたようで、成績はそれなりに抜群でした。洋服屋は純粋に楽しいし、営業はかなり大きく稼げる。
しかし、不思議とどの仕事も長続きしません。
なんだかふと、モヤモヤとした気持ちになる時がやってくるのです。

その理由は「流されていたから」

単純明快。その答えはなんとなく流されていたからです。
もちろんどのお仕事も楽しみながら一所懸命やっていましたが、バッサリ言ってしまえばどれも"生きていくために仕方なくやっていたお仕事"に過ぎなかったのです。人生を燃えたぎらせるような熱い気持ちが圧倒的に足りない。まずこの時点で「社会の仕組みに流されていたのが10代~20代前半の筆者でした。井村さんの言葉に当てはめて考えると、実に三流な道だと我ながら思います。

二流の道への転機は産みの苦しみと共にやってきた

二流は「道を選ぶ」。

それなりに楽しい日々を過ごしながらも、どこか悶々とした日々を過ごしていた三流の筆者の元に、大きな転機がやってきました。そのきっかけは、2011年の「東日本大震災」。

とてつもなく大きな衝撃と、どうしようもない悲しみ。その後に襲ってきたとんでもない無力感。
どれもこれも、三流の謳歌していた筆者を奈落の底へと突き落とし、絶望させるのには十分すぎる出来事でした。余りにもこの震災でのショックが大きすぎて、言葉が出てこず、それまでずっとライフワークにしていたラッパーとしての音楽活動も休止してしまいました。

同時に、それまでやっていた仕事に対しても『俺は一体こんなところで何をやっているんだろう・・・。』と、そういう風に感じてしまう気持ちがどうにも抑えきれなくなり、何もかもが手につかないようになりました。

放射能汚染のニュースが二流への道を開いた

未曾有の悲劇は続き、大津波。そして、あの原発事故。
あれから筆者の大好物である海産物は容易には食べられなくなりました。それどころか、東北の農家様たちへの大打撃。北九州をはじめ全国各地への汚染瓦礫の強制受け入れ、法律改正による政府の横暴。書き出せばキリが無い程の混乱がこの国を襲い続けるようになりました。

皮肉にも、このような悲劇の連続は筆者の思考能力を鍛え、物事の本質を養う目を持たせてくれるようになりました。

そして、ある日筆者は決心したのです。
俺は、農家になる。

汚されてしまったこの島の海と大地とを癒し、あなたや私たちの家族が安心して食べられるものをつくっていきたいと考えたからでした。このために情熱を捧げていきたいと真剣に思ったのでした。

三流の道に流されていた筆者が、自ら考え、選択した道。こうして二流への道が開かれたのでした。

転職して農業者になったあなたは、もはや一流。

あれから、7年。
時の流れは早いものですね。
現在、筆者は最愛の妻を娶り、可愛い我が子(猫♂)と一緒に農あるくらしを楽しんでいます。

農業の世界では、考え方を教えてくれる本はあっても、どのやり方が正しいといった正解は有りません。
工業や産業と同じような考え方で大量生産し、IT化して大儲けすることが社会貢献だと考える人もいれば、自然との共生を目指して自然栽培やオーガニックな少量生産を丁寧にやっている人もいます。

どちらも考え方は違えど、どんなに偉い先生でも、どちらかが間違っているなど決して言える人はいませんし、どちらが正しい、とも誰も言い切れないですよね。なぜなら、どちらにも信念があり、自分で道を創っているからです。そう、農業者に転職した時点で一流の道を歩まざるを得ないのです。

教科書が存在しない世界だからこそ、一流にならざるを得ない。

どんなにお金を動かしても、どんなにたくさん本を読んでも、誰にも自然は支配できません。
だから、畑の条件も様々。その場所の土の中に住む微生物たちの生態系もまた、様々。あなたと私の畑が全く一緒の環境ではないからこそ、農業には100%正しい教科書が存在しないのです。
つまり、全ての事柄を自分自身で決定していかないといけない。
こうして考えてみると、農業の世界というのは、一流の道を往くのと等しい(一流しかいない)世界なのではないでしょうか。

家庭菜園であなたも一流になれる

考えてみると、必ずしも「農"業"」でなくとも一流になれますね。家庭菜園でも一流になれる
だって、筆者の祖母は自己流で立派なアロエを何鉢も育て上げててましたし、妻も幼稚園生の頃から趣味でトマトやナスを栽培して遊んでいたみたいですし。もちろん無農薬。2人とも本を読んだわけでもなく、毎日の観察と植物との意識の会話で立派にお世話をしていたみたいです。いや〜、一流はやっぱり凄いなあ。大切なのは自分の感性を信じて自分で道を創ることなんですね。

進むべき道に迷ったら一流を目指すべき

もし、あなたが「どんな生き方をすればいいのだろうか?」と迷っているならば、迷わず一流を目指すべきです。あなたの直感でピン!ときた生き方を、恐れや不安を振り払ってまっすぐ突き進むのです。
それは決して簡単で楽な道のりではないかもしれません。しかし、長い目で見るとそれはあなたにしか歩めない道を創り出し、その上でその道の第一線を歩んでいることに気づくことでしょう。
きっとその道こそが一流の道なのだろうと筆者は思います。

まとめ

いかがでしたでしょうか。今回は農業に当てはめて、井村さんの云う一流について解釈してみましたが、もしもあなたが農業者として転職を検討されている、もしくは既に農業者として活動中ならば、その時点で一流への道を歩んでいると云えるでしょう。

もちろん、農業の世界に限らず、感性や直感を信じて自身の往く道を自ら創っているのであれば、あなたはもはやその道の一流といえるのではないでしょうか。

ちなみに一流の定義についてですが、
辞書で引いてみると"その世界で第一等の地位を占めているもの。"とありました。
自分で創った道ならばその世界で第一等の地位を占めていると言えますね。

迷いを振りはらい、農業者に転職した時点であなたは既に一流です。
楽な道ではありませんが、一流らしく胸を張って自分の道を創っていきましょう。

 

 

 

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